オチョ(@diadecanicula)だけど、この記事では一部上場企業で海外駐在員をしていた私が会社と決別し、青年海外協力隊員になるまでのいきさつを書くことにする。

前編は駐在終了~募集説明会~書類審査合格までを書く。

きっかけとなったシンガポールからの失意の帰国

身勝手な人事

“青年海外協力隊” “応募方法”

そんな単語をGoogleの検索エンジンに打ち込んだのは確か、バーガーキングでのことだった。

場所はシンガポールのチャンギ空港。

シンガポールでの駐在生活を終え、すでに解約してSIMカードを失った空っぽの携帯電話をチャンギ空港のFree Wi-Fiサービスに接続していた。

当時出張でよく利用していたチャンギ空港にはバーガーキングがたくさんあり、マックもあるのだけど見つからなかったり遠かったりで、結局いつもバーガーキングに入ってしまうのだ。

そんないつものバーガーキングで一人、私はなぜこんな言葉を検索したのか。

きっかけ

遡ることそのわずか1年半前、羽田空港にて、シンガポールへの片道切符を手に、期待に胸を膨らませていた。

この先5年、いや、自分の努力次第では10年、海外でバリバリ働いてキャリアを作っていく、そのスタートがシンガポールだ、と、意気揚々と飛行機に乗り込んだ。

当時はまさか、たったの1年半で日本に帰国させられるとは夢にも思わなかった。

しかしながらいたって組織的な都合で、その人事は突然決まった。

別の部署に引き抜かれた

いわゆる事業部制を敷いていた私の会社は、事業部単位で経済的な収支や意思決定がなされており、私は私をシンガポールへ送り出してくれた事業部とは別の事業部から引き抜かれてしまったのだ。

それも、事前に何の相談も無く。

私だけでなく、私を送り出してくれた元の部署の営業部長や事業部長に対してすら、何の相談も無く、この人事は決まった。

彼らは事業部長よりも更に上に位置する経営層を使い、この人事を強行したのだった。

あまりにルールを、否、人道を逸脱した人事。

私は駒のように簡単に扱われた

しかし、決まった人事はどうにも動かせない。

組織とは得てしてそういうものである。

私を送り出してくれた営業部長がこの人事に対し、私以上に怒りを露にして抗議してくれたことが、私の唯一の救いだった。

でももう遅い。

私はもう、日本に帰ってこの会社で働き続ける姿を想像することが出来なくなっていた。

そんな不本意さに彩られた帰路、日本への飛行機を待っている折、私の親指は無意識に、その組織とは別の手段で海外へ行く道を模索したのだった。

それが、青年海外協力隊だった。

他の誰のでもない、私のきっかけ

私が青年海外協力隊に参加するというビジョンを具体的に思い描いて行動に移したきっかけは、ざっくり言うと上述のようなとおりである。

ボランティアや国際協力といった道を志す若者たちと比べると、ややネガティブな発想が基点となっているかもしれない。

現実逃避、恨み節、といった形容をされたこともある。

私がここで言いたいのは、きっかけは人それぞれ十人十色、何だっていいということである。

“子供の頃から憧れだった青年海外協力隊になりたかった”

“バックパックで旅しているときに世界の貧困の現実を目の当たりにして、自分も何かしたいと思った”

という人がいてもよければ、

“就活がうまくいかなかったので、一先ずの食いつなぎとして受けてみた”

“毎日同じことの繰り返しのような無難な人生を変えるようなきっかけが欲しかった”

という人もいてもよい。

そのような個人個人のバックグラウンドに起因する“きっかけ”は、それが具体的な行動に移った時点でそのすべてが尊重されるべきであり、優劣などない

まして、自分のきっかけは現実逃避的で不純である、などと卑下する必要は一切ない。

逆にもし、自分のきっかけに比べてあなたのきっかけは現実逃避的で不純である、などと主張してくる人がいたとすれば、その人には青年海外協力隊として異文化間で相互理解の深化に努めるにはいささかセンスが欠けているといえよう。

当然、選考過程や訓練を通じてボランティアとしての資質は試され、審査される。

またどちらにしたって、足を踏み入れるからには途上国での不便な生活、外国語習得、現地の人々との文化的な摩擦、といった乗り越えるべ壁に必ずぶつかる。

その覚悟が少しでもあるのなら、今の時代、親指を少し動かせば情報が手に入るのである。

“青年海外協力隊” “応募方法” [検索]←クリック

動き出すこととはかくも簡単なことである。

青年海外協力隊 募集説明会~1次選考

ぼんやりした青年海外協力隊のイメージ

“予約不要” “参加無料” “入退場自由”

実に親切な謳い文句が普段重い私の腰を持ち上げてくれた。

青年海外協力隊2016年春募集の募集説明会に参加したのはシンガポールから帰国した翌日のことだった。

まだ引越荷物の開梱も終わってなければ、新しく配属された部署に顔出しもしていないこのタイミングで動いたのは強い意志からであったか、あるいは焦燥感からであったか。

“水不足の村に井戸を掘る?”

“学習環境の整っていない村に学校を建てる?”

“なんかよくわからないけどアフリカやアジアの奥地で汗水流してボランティアする?”

青年海外協力隊になる、というとだいたいこんなイメージを持たれがちだ。

まして、医療・学校の先生・エンジニア、といった特定の技術を持っていないと尚更、そのような思考に陥りがちだ。

かく言う私も、応募前はそのようなイメージしか持ち得なかった。

募集説明会への参加はイメージを形に近づける第一歩である。

説明会に参加した結果、受けた印象は、正直言って期待はずれであった。

というよりも、いい意味で期待を裏切ってもらうことが出来なかった。

説明会に来てくれた先輩隊員たちは、いわゆる上述したイメージ通りのボランティア活動をしてきた人たちだった。

コミュニティ開発という職種は“特定の技術や資格を持ってない人が選ぶ(そういう人でもなれる)職種です”と紹介されていた。

もちろんそれは、応募者の間口を広げるための宣伝文句に過ぎないのだろう。

確かに私は医療・学校の先生・エンジニア、といった技術や資格を持ち合わせていない。

でも、製造業の海外営業マンとして積んできたキャリアに少なからず自負心を持っているので、自身の知見を少しでも生かせるような活動がしたかった。

そのように反面教師的な発想で自分のやりたい活動のイメージを作り、そうして一つの冊子を開いた。

『要請一覧』

 

ぼんやりしたイメージを形にする作業

私は、応募する段階において一番重要な資料は何かと聞かれたら真っ先にこの『要請一覧』を挙げる。

そこには世界中から寄せられてきた数多の協力隊派遣要請が載っており、その一つ一つがそれぞれ別の組織・自治体の持つ背景から生まれた独立した要請である。

ここがミソだ。

一つ一つ独立した要請なのだから、活動内容も要請によって千差万別である。

中国人は~だ、黒人は~だ、と、国籍や人種で一くくりにその人々を定義付けるのがナンセンスなように、青年海外協力隊は~だ、とイメージで一くくり語るのはナンセンスなことなのだ。

大事なのは、青年海外協力隊になるかならないかということではなく、なって何をするのか、という具体的な活動を想像することだ。

なんだか就職活動をしたころを思い出す。

ということで、応募段階ではとにかくこの『要請一覧』冊子を穴の開くほど読みつくした

応募書類には、自身が希望する要請を記入する欄がある。

それこそ、私の希望する職種は医療・学校の先生・エンジニアといった特定の技能の継承と比較してルーチン的な要素が少ないので、どの要請を記入するかによって応募書類に書く内容が全く変わってくる。

参考までに、私の場合は以下のような要素で要請を絞り込んだ。

メモ
言語:スペイン語
派遣国:中南米
キーワード:初代隊員、社会人経験、販路開拓、人脈構築、生産性向上、経済的自立の支援 

上記のようなキーワードは『要請一覧』を何度も繰り返し読むことで見えてきた。

応募書類を書き進め、言葉に詰まったらまたこの『要請一覧』に立ち返り、自分が実際現地に行って活動する姿をイメージしながらまた書き進める、の繰り返しである。

もちろんこれは選考なので、採用側の心象や同じように応募しようとしている(この時点では)ライバルとの差別化といったことを意識しながら言葉を選ぶ必要はあるが、履歴書の上手な書き方的なノウハウ本を読むくらいなら、やはり『要請一覧』を読むべきだと思う。

こうして、推敲に推敲を繰り返しながらゴールデンウィーク明けの締め切りぎりぎりのタイミングで応募書類を提出した。

ちなみに私は応募用紙をすべて手書きで書き、職種別試験はパソコンをを使って書き、プリントしたものを糊付けして提出した。

余談であるが、ここまで『要請一覧』冊子の重要性をしつこく主張してきたが、実は冊子よりもネット上のほうが各要請のより細かい情報が載っているのである。

ちなみに私がその事実を知ったのは合格が決まった後だった、というのはここだけの話である。

一次選考合格後にしたこと

合格したことを会社に言う

人は何かに驚いたとき、目を丸くする、というが、それはあながち大げさな表現でもないのかな、と思った。

そのときの上司達、課長、副部長、部長、みんなの目は確かに真ん丸かった。

無理もない。

オチョ
青年海外協力隊の選考試験を受けていて、現在1次試験を通過した段階です。このまま2次試験を通過したら、現職参加制度を利用して青年海外協力隊として2年間休職して海外に行きます。もし現職参加が認められないならそのまま退職して行きます

現職参加って何?という方は以下の記事参照

給料貰いながら海外ボランティア!? 青年海外協力隊の現職参加制度とは?

2017.06.20

シンガポールから異動してきてわずか2ヶ月の若造が突然このようなことを言い出したのだから。

無事、一次試験を通過し、合格通知を受け取った私はその翌日、早速上司達とこのような話し合いの場を設けたのだった。

事前には何も知らせていなかった。

にもかかわらず、そのとき私がしたのは相談ではなく、すでに私の中で出した結論を申し伝えたに過ぎなかった。

よって、その時点でもう話し合いの余地はない。

皮肉にもその構図は、私がシンガポールからの帰国を命じられたのと全く同じであった。

説得には一切耳を貸さなかった。

上司
定時後に酒でも飲みながらゆっくり話そう

そんな申し入れもあったが、私は面と向かってはっきり答えた。

オチョ
そもそも腹を割って話せるほどの信頼関係を築けている人間がこの部署内に存在しません

私の感じた悔しさや怒りなど、彼らに理解できないことは目に見えていた。

酒など飲みに行ったところで、聞かなくても大体想像できる彼らのどーでもいい主張を聞かされるだけで金と時間の無駄であろう。

彼らが今すべきことは私を引き止めることではなく、短期間で私の後釜となる人を探すことであり、残された貴重な時間を無駄にしないためにも、こちらもある程度強い姿勢を示す必要があったのだ。

会社に言うタイミング

“青年海外協力隊の選考を受けている”

この事実を会社側に伝える、というのは現役社会人にとって選考過程における一つの大きなイベントだ。

いつ、どのタイミングで伝えるべきか、人それぞれ色んなケースがあるだろう。

私は正直かなり迷った。

業務の引継ぎを前提に考えれば、当然ながら早ければ早いほどいいに決まっている。

問題は選考に落ちた場合だ

そのリスクを考えると、合格が確定してから言うのが安全だ。

いろいろと考えたが、最終的には“今の自分が会社に見せられる自分なりの誠意”を意識したことと、“合格する自身があった”ことから、私の場合は1次試験合格時というタイミングに決めた。

しかしながらここまで啖呵をきってしまった以上、もう後戻りは出来ない。

上記宣言をした以降、忘年会や歓送迎会等の一切の会社の飲み会に参加しなくなった。

有給休暇も計画的に消化していった。

もし落ちていたら辞表を出すしかないのだろう、というところまで自分を追い込んだ。

社内には100%純粋な気持ちで応援してくれる人など誰もいない。

“受からなかったらどうするんだ?”という問いを何度となく投げかけられたが、“そんなことは今考えていません”と答えるしかなかった。

自暴自棄になっていると思われたことだろう。

この時期は孤独との戦いであった。

だが結果的には、一番いいタイミングで言えたと思っている。

自分を追い込んだことで、必死になって情報を集めて2次試験である面接の準備をすることに繋がった。

また、二次試験の面接では当然ながら必ず、会社に既に伝えているかどうかを問われるので、既に伝えているという事実は直接的に二次試験の評価に関わることである。

また、合格後の社内手続きや引継ぎもスムーズになる。

家族への報告と突きつけられた条件

もう一つのイベントは、家族へ言うことだ。

これは、各家庭の事情によることなのでなんともいえないが、私の場合、これまで特に私のすることをとやかく言う両親ではなかったし、年齢も年齢なので特に緊張もせず打ち明けた。

ただし、以下のような条件がついた。

母からの条件
アフリカ・中東地域への派遣は絶対に認めない 

これは正直困った。

こんな条件をつけては合格する可能性が狭まってしまう。

アフリカは母がイメージしているほど危険な場所ではない、たくさんの人が派遣されている、自分より若い女子だって派遣されている、と、あの手この手を尽くしても頑として譲ってくれなかった。

目には少し涙を浮かべていたかもしれない。

そう感じたとき、私は已む無くその条件を飲むことを母と約束した。

父からの条件
どのような形であっても会社を離れるときは、会社から恨まれるようであってはいけない。人はいつまたどこでどう繋がるかわからない

あまり多くを語らない父からのぐうの音も出ない、的確な助言である。

承知した。

さて、当時はもう一人家族がいたが、そのことについてはここでは語らないことにする。

現在はもう、家族ではないから。

・・・後編へつづく

海外駐在員だった私が青年海外協力隊になるに至った事の顛末(後編)

2017.06.19

関連記事

この記事とも関連して、私が青年海外協力隊に絶対に一発で合格するために意識してやったことをまとめた記事がコチラ↓

社会人の私が青年海外協力隊の選考試験で希望職種に絶対に一発で合格するためにやったこと

2017.08.10

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA