サラリーマン時代の忘れられない人 部下思いの理想の上司、田中さん

理想のサラリーマンとは程遠い存在のオチョ(@diadecanicula)だけど、そんな私にも、青年海外協力隊になる前、サラリーマンをやっていた頃、いつかこんな人になれたらな~、という理想の上司がいた。

新入社員としてはじめて配属された部署、初出勤の日、緊張に表情が固まっている私を迎えてくれた当時の課長、それが田中さん(仮名)だ。

ぶっきらぼうで口数は少ないけど、ユーモアがあって勉強熱心で工場の頑固親父たちからとても信頼されていた田中さん。

あの時、仕事が楽しいと思えたのは、キツくてもがんばろうという気になれたのは、その田中さんの存在が大きかったと思っている。

そんな田中さんとのエピソードを、いくつか書いてみる。

 

 

部下をかばう理想の上司の田中さん

同じ部署に、理想とは程遠い上司の山田さん(仮名)もいた。

山田さんは「悪意はないけどめんどくさい」タイプの上司だった。

やたら「教育したが~り」で勉強会とかすぐ主催したがるし、会議中は「武勇伝話したが~り」で議題からすぐ逸れて長々と話すし、更には「忘れん坊将軍」で依頼したことをやっていなかったり、前に聞いたことのある同じ話を何度もするような人。

人の時間を搾取することに罪悪感を持っていない厄介な存在

とある日の私、複数の案件を同時に受注できてしまって発注業務であたふたしているとき、

 

山田さん
今日、お客さんと打合せのアポとれたから勉強のためにお前もこいよ!

 

と突然、山田さんに声をかけられた。

山田さんとしては新人の私を連れて行って教育したいようだったけど、私としては目の前の案件処理でいっぱいいっぱい。

行きたくないな~、と思いながらも新入社員の私は断れず、

 

オチョ
はい、行きます!

 

と回答してしまった。

後悔しながらも、なんとかキリのいところまで仕事を終えようと必死になっていると、

 

田中さん
本当にいけるの?

 

と、そんな私を気遣って小声で話しかけてくれた田中さん。

 

オチョ
しょ、正直、厳しいです・・・

 

と、小声でわたし。

 

田中さん
わかった・・・

 

と、田中さん。

 

そして、

 

田中さん
あ、山田さん、今日彼に頼まなくちゃいけない仕事があるから、悪いんだけど打合せは山田さんだけで行ってきてくれますか?

 

と、やんわり、しかも自ら矢面に立って山田さんを説得してくれた田中さん。

おかげで私はその日、自分の仕事に集中することができた。

 

 

失った部下を想う理想の上司の田中さん

私が会社に入ってまだ1年目の頃、私の教育担当だったA先輩が転職して会社を去った

1年目に教育担当を失った衝撃は、いまでも鮮明に覚えている。

それから5年くらいが経過したある日、部長になった田中さんと二人でお酒を飲んでいると、ふと当時の話になった。

 

田中さん
あのときのこと、いまでも後悔している・・・

 

と、田中さんは語った。

当時、ある国で大きなプロジェクトが動き出し、課長である田中さんはそのプロジェクトを誰に任せるかを選ぶ決断に迫られていた。

その候補に挙がっていたのが、実力も経験も豊富なA先輩と、まだ経験の浅いB先輩。

田中さんは、成長を期待してそのプロジェクトの担当をB先輩を選んだ。

それから間もなくして、A先輩は会社を去り、B先輩は飛躍してそのプロジェクトのあった国に駐在した。

 

田中さん
あのプロジェクトが二人の部下の行く末を左右することはわかっていた・・・
わかっていながらも決断しなければならなかった・・・
5年経ったけど、でもあのときの決断が正しかったのか、今もすっきりしない・・・
もしあのとき、Aくんの方にプロジェクトを任せていたら・・・と・・・

 

田中さんは寂しげにそうつぶやくと、持っていた焼酎を口に運んだ。

 

 

部下に頭を下げる理想の上司の田中さん

私がシンガポールに駐在していた頃、駐在してまだ間もないにもかかわらず突然舞い込んできた帰国命令

意気消沈しながらも、業務の引継ぎに追われていたとき、日本から国際電話がかかってきた。

 

田中さん
こんなことになって、大変申し訳ありませんでした・・・

 

電話を受け取ると田中さんは開口一番で私に謝罪した

私をシンガポールに送り出してくれたのは、他の誰でもない田中さんだ。

しかしながら、私は田中さんとは関係の無い、別の部署に引き抜かれてしまった

しかもその人事は秘密裏に行われていて、田中さんがその事実を知ったのは、私が人事決定を受け取ってからおよそ3週間後のことだった

その辺の経緯は大体わかっていたので、

 

オチョ
いえいえ、田中さんのせいではありませんから・・・

 

といって電話を切った。

後から聞いた話だけど、普段温厚な田中さんが私を引き抜いた部署の偉い人に対してちゃぶ台ひっくり返さんばかりの勢いでブチ切れてくれたんだそうな。

 

 

部下をなだめる理想の上司の田中さん

日本に帰国し、ものの2ヶ月で私の不満も限界に達した。

青年海外協力隊の1次選考通過の通知を受け取った時点で、我慢して溜め込んだ不満をその部署の偉そうな顔したクソオヤジ共にぶちまけ、怒り狂った

合格したら青年海外協力隊になるし、しなかったらそのまま辞めるし、いずれにしてもこの部署に留まる気はない、というところまで上司の前で意思表示した。

 

その日、そんなうわさを聞きつけてか、

 

田中さん
今日飲みに行くか!

 

と声をかけてくれた田中さん。

いまや上司ではなく、「他部署の偉い人」になった田中さんと久しぶりに飲みに行った。

 

田中さん
まあ、どんな決断をしてもかまわないから、とりあえず今は一回落ち着きなさい・・・

 

と、アドバイスくれた。

決して引き止めることもしない、我慢しろとかいわない、やっぱり私の理想の上司は田中さんだった

 

 

部下の背中を押す理想の上司の田中さん

JICAから合格通知を受け取った翌日、私は直属の上司よりも先に、「他部署の偉い人」である田中さんにその事実を報告した。

合格したこと、グアテマラに行くこと、要請されている活動内容など、といったことを淡々と説明。

説明が済むと、静かに聞いていた田中さんが言ってくれたのは、

 

田中さん
グアテマラにどんな日系企業が進出しているか調べた方がいいよ、人脈が大事だから現地の日本人とよい人間関係を作るんだよ、キミならよそへ行ってもやっていけると思うよ・・・

 

私は休職というカタチをとることになるので建前上、説明の中で「会社を辞める」という言葉を一言も発さなかった。

でも、田中さんは何か見透かしたように、私が辞めること、もうこの会社には戻ってこないこと、を前提にいろいろとアドバイスをしてくれた

今までありがとうございました。さようなら。

 

 

さいごに

これから会社員になろうとする若い人が一人でも多く、田中さんのような理想の上司に出会えますように。

今、理不尽なことに絶えながら一生懸命にバリバリ働いている若手・中堅サラリーマンのうち、一人でも多くの人が田中さんのような理想の上司になりますように。

 

 

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