営業が嫌いになるプロセス ~経験を積むのに比例して~

営業が嫌いになるプロセス ~経験を積むのに比例して~

営業マン
もうこんな製品・・・売りたくないな・・・

 

営業が嫌いになったのっていつからだっけ?

 

私は一部上場企業のメーカーで営業職を7年ほど続けていました。

最初はモノを売ることの喜び、自分の仕事が会社の利益に直結することの達成感がありました。

小額でしたが、初めて受注したときの嬉しさは今も忘れることはありません。

そして経験を積めば積むほど扱える製品知識が増えてきて、担当の顧客も増えてきて、国内のみならず海外向けの営業もやるようになって・・・

 

・・・

 

一方で自分の中で少しずつ崩れていくもの、

 

(あれ、なんか思っていたのと違う・・・)

 

心に引っかかるものがだんだんと蓄積し、大きくなっていくのを感じていました。

 

営業が嫌い?飽きた?マンネリ?

そもそもこんな営業、本当に必要?

 

そんな思いに至るまでのプロセスを自身の経験からご紹介します。

 

 

競合と差別化できていない製品の営業

競合と差別化できていない製品の営業

営業の経験を重ねていけば当然、製品知識が増えていき、競合他者の製品と自社の製品の違い、自社のポジションというのがだんだんとわかってきます。

そして皮肉にも、知識が増えていけばいくほど、自社の製品が他社の製品と比べて大した特徴も魅力もないことに詳しくなってしまいます。

 

スペックも他社と大体同じ、納期も同じくらい、価格も似たり寄ったり・・・

 

じゃあなんで私はわざわざこの製品をお客さんにおすすめしているんだ?

 

自社の製品が業界のシェアトップだったり、他社には真似できないような独自の技術を持っていたりしたら話は別かもしれません。

しかしながら、一部上場企業といわれるような大企業といえども、自社製品を高い技術力で差別化できているとは限りません。

私が経験した営業は似たり寄ったりのスペックの製品を持ち寄って、あとはどの会社が一番値下げ要求に応えられるか、という値下げ合戦で勝負するものでした。

そして値下げにどこまで応えるかの決裁権は工場や課長クラス以上の上司が持っていて、末端の営業担当者は決裁者をいかに説得するかの社内営業に奔走・・・

 

こんな営業面白くもなんともない・・・

 

 

競争原理が機能していない守られた市場の中での営業

競争原理が機能していない守られた市場の中での営業

営業とは本来、公平な競い合いのなかで製品のセールスポイントを如何に上手くPRできるかで勝負する仕事かと思っていました。

でも気がつくと、製品そのものに大したセールスポイントもない。

なぜそんな製品が売れるのか?それは競い合いの場になっている市場そのものが守られた温室のようなぬるい場所だからなのかもしれません。

 

日本の市場というのは海外の企業から見ると特殊なルールや商慣習で縛られているケースが少なくありません。

「高い品質を確保するため」と称して海外のより安くより良質な製品から日本企業の市場を守ったり、単純に「失敗したくないから」という理由で身近な得意先からしか製品を買わなかったり・・・

そのような守られた市場の中で癒着しながらする競争ごっこにおいて、大切なのは製品のPRよりもお客様との良好な関係作り・・・

 

でもこれっていわゆる井の中の蛙じゃん?

 

お客さんに気に入られるために奔走し、競合他社との製品の比較なんて割とどうでもよかったりして・・・

そんな世界で仮に何十億といった受注実績を作ったところで、そこで得られた経験やスキルは他の世界でも通用するものなのかな?

 

 

海外営業することに意義を感じられない

海外営業することに意義を感じられない

日本国内でする営業はしがらみが多すぎる、でも、海外営業になれば・・・

私は幸運にも、入社当初から念願だった海外営業を担当させてもらえる機会を得ることができました。

これで日本のような守られた市場とは違った経験ができる。

日本の高い技術力と高い品質をもった製品が途上国の人たちに喜んでもらえる。

海外営業にそんな華やかなイメージをもっていましたが、現実はそうでもありませんでした。

 

最近では、特に東南アジアをはじめとする途上国、新興国のメーカーも日に日に実力をつけていっています。

それらの競合他社と渡り歩いていくうちに、私はあることに気づいてしまうのです。

 

途上国・新興国でも日本のメーカーと遜色ない製品を作ることができる・・・

 

もちろん分野にもよりますが、いまや「途上国の工場で作られたものは粗悪品」なんていっていられないくらい技術力が進歩しているのが現状。

そんな国に、どうしてわざわざ人件費の高い日本で作ったものを、高い輸送費を上乗せしてまで、売らなければならないのか?

 

確かに日本の方がまだ、品質という面では安心できる部分が大きいのかもしれない。

でもそんなことをいって、日本の製品がいつまでも東南アジアの市場を奪おうとしていたら現地の企業が育ちません。

多少失敗があってでも、現地の企業が受注して、知識・経験を積んでいく方が世の中全体にとってはプラスなのではないだろうか?

そんな風に考えていたらいつしか、日本の製品を海外で売ることにも社会的な意義を感じられなくなりました。

 

 

ループしていく営業の日々のなかで

ループしていく営業の日々のなかで

技術で差別化できない製品の値下げ合戦

守られた市場で井の中の蛙状態

海外に進出するだけの明確な意義の欠如

 

営業としてキャリアを積んでいけばいくほど、そのような見たくない現実が見えてきてしまいました。

 

そんななかで、

 

「今月はこれだけ売り上げたぞ!」

「今期はなんとか目標達成できそうだ!」

「来期も目標達成にむけてがんばろう!」

 

と、月ごと、あるいは期ごとの数字に一喜一憂しながらループしていく営業の日々、それを俯瞰で見たとき、営業が嫌いだと思うようになりました。

 

それは同時に、営業を好きになる上で大事なポイントの発見でもあります。

 

扱う製品は技術的な差別化ができているか?

競争のある市場で戦っているか?

海外で胸を張って売れるほど付加価値のあるものか?

 

 

営業が嫌いと感じたら

営業が嫌いと感じたら

私と同じような理由で「営業が嫌い」と感じるようになってしまったら、進むべきを見つめなおすタイミングなのかもしれません。

もちろん、市場で得た情報を工場や開発部門にフィードバックして、より競争力の高い製品を全社一丸となって作っていくのも営業職の魅力のひとつです。

ですがそれには当然ながら、相当の長い年月が必要になってきます。

それだけの長い年月をその会社で過ごす覚悟があるかどうか?一度しかない人生の相当な時間を費やすだけの恵まれた環境がそこにあるのか?それとも既にそのような技術や成長市場の中にある企業に身を置くべきか?そこは時間と経験のトレードオフが必要になってくるでしょう。

特に、なまぬるい市場のなかで技術革新を怠ってしまった企業は今後、相当な苦労を強いられます。

 

きっとその会社に長く勤めた上司は、

 

上司
会社の技術力が世界で戦える競争力を取り戻す日まで、工場や開発部門を信じて辛抱強く待とう!

 

というでしょう。

しかし、彼らはその結果を待たずして引退して逃げ切る世代の人たちかもしれません。

若い人ほどそのような「逃げ切り世代の人たち」の言葉に惑わされず、自分の頭でしっかりと考えなければなりません。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

一部上場企業での海外営業、シンガポール駐在を経て、その後とある出来事をきっかけ気がついたらグアテマラでボランティアやってます。グアテマラの魅力、スペイン語学習方法を中心に発信中!