なぜ今?絶対にしたくない転勤(異動)を指示する会社と拒否できないダメサラリーマン

それは、あり得ない転勤だった。

タイミング、理由もなにもかも・・・・・

その時私はシンガポールにいた。

やっとつかんだ海外駐在のチャンスに心躍らせ、この地でキャリアを築いていくことに燃えていた。

毎日必死に働いた。

帰宅時間は早くても夜の10時、日が変わることもあったし、徹夜したこともあった。

家にはほぼ寝るためだけに帰宅し、翌朝また7時には家を出る生活。

それでも、海外で働くこと、自分が成長していくことに充実感を覚え、必死に食らいついた。

そんな毎日が続いていたある日、上司から個室に呼び出された。

 

本社から帰国命令がきている

 

それは、シンガポールに赴任してからまだ1年とちょっとしか経っていないときのこと

その言葉を聞いた、あの瞬間の絶望、視界が真っ暗になっていく感覚が今も頭にこびりついて忘れられない。

鈍っていく頭をフル回転させて考えたのは膨大な帰国手続き、引継ぎ、帰国後の生活、送り出してくれた友人や家族、そして当時婚姻関係にあった女性のこと・・・

まさか自分が・・・そんなわけない・・・

会社と対立して青年海外協力隊になったオチョ(@diadecanicula)だけど、そもそもなんで対立したかっていうと、きっかけになったのがこの転勤だった。

 

 

なぜこの早さで?未だに理解できないあり得ない短さで突然の転勤(異動)

わずか1年半。

多くの人にはあまりピンとこないかもしれないが、これは海外駐在の期間としてはあまりに短い期間である。

私の会社には海外研修制度というものがあったが、その研修生ですら2年はいることができる、まして駐在員として赴任したなら通常3年は当たり前というのが暗黙の常識だった。

 

仕事のことを考えてもあり得ない。

赴任した当初、代わりに帰国する先輩社員から膨大な数の案件を引き継いだ。

不運にも全ての案件が上手くいっているわけではなく、赤字案件の尻拭いのようなこともたくさんした。

そもそも1案件あたりのプロジェクト期間が1年くらいあるので、最初の1年はそれらの尻拭いに奔走した。

 

それら尻拭いが片付く目処がついて、ようやく自分が仕込んだ案件が始動してきて、これから面白くなるというタイミングでの転勤

 

日本に帰ったら、最初はきっと誰かから案件を引き継いで、また誰かのやり残した案件の尻拭いを1年近くやらなければいけないのか、と落胆した。

 

不自然に早い帰国は周りの反応からも明らかだった

 

帰国のため、お世話になったお客さんへ挨拶周りをしていると、

「え!?もう帰っちゃうんですか??」

「何か問題でも起こしちゃったんですか??」

と、笑われ、私は恥ずかしさを隠すために苦笑いを作った。

シンガポールに会いに行くよ、といってくれた友人からも、

「え、もう帰ってくるの!早っw」

と、そんな悪気の無いメッセージにもへこんだ。

あまりにも早い帰国、あまりにも短い海外駐在員生活。

 

 

なぜそんな理由で?社内政治に巻き込まれての転勤(異動)

この転勤にはひとつ、疑問があった。

それは他事業部への異動だったからだ。

事業部制をしいている会社だったので、海外駐在員にもいわゆる「背番号」がついていて、日本に転勤する際は元在籍していた部署に戻るのが基本だ。

 

それなのになぜ、他の部署へ?

 

私を海外に送り出してくれた元いた部署の上司がそんな決定をするとも思えなかった。

後々、色々聞いてみたところ、この人事は役員の間だけで水面下に話し合われて行われたイレギュラーなもので、いわゆる引き抜きだったことがわかった。

ざっくりいうと、海外人材として期待していた若手社員が次々と辞めていき、後がなくなった部署が政治力を使って私を無理やり引き抜いたのだとか。

卑怯なことに、私を送り出してくれた事業部の事業部長にすら知らされずに進められた人事とのことで、当然そんな事情が一般社員である私に伝えられるわけもなく、私はただ従うしか出来なかった。

 

働きぶりや成果など関係なく、人事は一部の、社内のほんの一握りの“偉い人”の政治によって決まる

 

理由は決定したあとから知らされる。

 

 

個人の事情などは考慮に値しない、無慈悲なタイミングでの転勤(異動)

当然ながら、私の個人的な事情などには関することなく、人事は進む。

私が海外駐在をどれほど楽しみにしていたか、それを実現したことをどれほど誇らしく思っていたか、どれほどの熱意をもって働いていたかなんて会社には関係のないこと。

そしてもちろん、当時婚姻関係にあった女性が会社を退職してきてシンガポールに来て、まだ半年くらいしかたっていないことなんて、そんな個人的な事情は考慮するに値しないことなのだ。

 

その時私は、自分が会社にとってただの駒であることを改めて認識させられた

 

決定意思は私の手の届かない上のほうにあり、私はそれに従って動くことしかできないのだと。

会社という組織に属している限り、自由意志などはなく、想定した未来は全て“会社が私個人の事情を考慮した人事をしてくれれば”という前提条件付でしかない。

所属部署や上司とのコミュニケーションによっては、このような社内政治にうまく介在して思い通りに人事を動かせる人もわずかにいる。

残念ながら、私にはそこまで社内政治に介在する実力も気力も無い。

 

 

会社都合のしたくない転勤(異動)を拒否できないダメサラリーマン

誰が一番あり得ないかって、それは会社ではなく、そんなあり得ない転勤(異動)の決定を拒否できないダメサラリーマンになってしまった自分自身だった。

会社が会社の都合でその人事権を行使するのは当たり前のことだし、その権利が行使されるにあたって自分の個人的な事情が考慮されるなんて考えは甘いにも程がある。

会社の決定が気に入らなければ辞めればいいし、海外に居続けたいなら海外の企業に転職すればいい。

ノーという決断力も、いざ辞めたときに生きていく覚悟も、「会社以外からの収入源」といった準備も、何の危機感も持たずに丸腰でサラリーマンやっていた自分の楽観さこそが一番のあり得ない問題だった。

この転勤によって一つ得なことがあったとすれば、自分がそんなダメサラリーマンであることに気づけたということだろう。

こんなことがあったので、少なくとも私は、「以前と同じ生き方」は絶対にしたくない

恨み節ではなにも変わらない。

同じ生き方をしないために私がすべきことは、権力のある上司に尻尾を振って気に入ってもらうことではなく、自分の意思に反する決定にノーといえるようになることだと思う。

 

 

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