ANAの飛行機のなかでCAさんと日本語で会話していたら、隣の席にいたシンガポール人から、
と聞かれて、
と答えたら、
といわれるくらい、平均的な日本人より顔が濃いめな私ですが、そんな顔濃いめの私でも、グアテマラに住んでいると、ごくたま~に出くわす、
「チーノ問題」
チーノ問題とは要するに、特に中南米(ラテンアメリカ)において、現地の人から
「チーノ、チーノ」
と呼ばれることです。(女性の場合、「チーナ、チーナ」となるが、以降、便宜上「チーノ問題」に統一します)
「チーノ(Chino)」とはまあ、直訳すると「中国人」という意味です。
みなさんは、「チーノ!」と声をかけられたらどう思いますか?
恐らく多くの人は不快に感じたり、むかついたり、時にはそれが原因で現地の人とトラブルになったりするんじゃないかと思います。
そんなトラブルが原因で衝突が起きてしまったり、旅行者がその国に不快なイメージを持ってしまったらとても悲しいです。
でも実は、グアテマラ人ってみんなが思っているほど悪意をもってこの言葉をつかっていないんですよね。
トラブルに巻き込まれる人や、「チーノ問題」によってその国に悪いイメージを持ってしまう人の誤解を少しでも解けるように、このことについて記事にします。
Contents
チーノといってくるグアテマラ人は中国と日本の違をわかっていない
いきなり核心を突くけど、多くのグアテマラ人はそもそも中国と日本の違いなんてわかっていません!
グアテマラ人に、日本という国についてどんな印象を持っているか?という質問をしてみると、多くの場合
「ん・・・???日本・・・???マンダリン(中国語)話す???」
というリアクションです。
文化的な違いはおろか、日本がどこにあるかすらわかっていないことが多いです。
彼らにとっては中国、韓国、日本あたりは「東洋」として一括りの理解なのでしょう。
グアテマラに限らず、このチーノ問題が発生する中南米ラテンアメリカ諸国における日本の認知度は大抵そんなもんなのなのだと思います。
私達は日本が中心に位置する世界地図に見慣れていて、経済大国になった後の日本に生まれ、「トヨタやソニーは世界的に有名な企業だ」と言い聞かされて育ったうちに、日本のことなんてみんな知っていて当然だろう??と、勝手に思い込んでしまっているのかもしれません。
グアテマラ人大学生を対象にした日本認知度調査について書いた記事も是非参考にしてください▼
よく考えてみたら私自身、青年海外協力隊としてグアテマラに派遣されることが決まるまでグアテマラの正確な位置なんて知りませんでした。
って周りの人に報告しても、
という反応がほとんどだった。(なかにはアフリカ?と答える人も・・・)
そう考えると、中国と日本の違いが分からないラテンアメリカ人たちの気持ちが少しは理解できるのではないでしょうか?
グアテマラ人は見た目の特徴をストレートにいう (チーノ = 小さい目)
チーノ(ないしチニート)とは直訳すると中国人という意味ですが、それ以外にも、「小さな目」という意味の使われ方もします。
実際、グアテマラ人同士でも小さな目が特徴の人に対して、「チーノ、チニート」というニックネームで呼び合います。
日本では「太っている」や「身長が小さい」といった見た目の特徴をストレートに言うことは「悪口」または「いじめ」と小さいときから教育され、大人になってもこのような見た目に対する言葉に敏感に反応する傾向にあるように思います。
でもグアテマラでは「太っている」「身長が小さい」は悪口という認識はされず、あくまでただの呼称として、なんなら愛称として使われることだってあるんです。
このことについてJICAの語学講師に聞いた話では、ラテンアメリカの人々はヨーロッパからの侵略以降、人種間の混血が進んでいて、「見た目が違うことが当たり前」だからこそ、見た目の特徴をストレートに言うことについて抵抗感がないとのこと。(一方で島国の日本はその逆)
そんな文化圏だから、おおきな二重まぶたを持つ人の割合が圧倒的に多いラテンアメリカにおいて、東洋人の小さな一重まぶたはただ単純に、愛称にせずにはいられない身体的特徴なのかもしれません。
そのような文化的な背景を考えると、チーノ問題を理解することは即ち異文化を理解することに他ならないのです。
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チーノといわれてむかつくのは日本人の中国人に対するイメージも原因では
これはあくまで私の想像であり意見ですが、チーノといわれて腹が立つのはそもそも中国人に対して抱いているネガティブなイメージも原因ではないでしょうか。
要するに、「中国人なんかと一緒にするな!」というような感情です。
私はあらゆる心情を持っている人がいていいと思うし、だれのことも擁護も否定もするつもりもないけど、一度だけ立ち止まって冷静に考えて欲しいと思うのは、そのイメージは直接自分の目で見たものなのか、それともマスコミ等のメディアを介して見たものなのか、ということです。
実際、私も20歳のころイギリスに留学した際、海外経験も浅く相手のことをよく知らないくせに中国人や韓国人の文化より日本の文化の方が優れているんだ、という趣旨の発言をしてしまい、友達から怒られた経験があります。
そのときは純粋に日本の文化のほうが優れていると思い込んで発言しましたが、今思い返すと、思慮の足らない軽率な発言だったなぁ、と反省します。
文化に上も下もないのになぁ、と。
グアテマラ人にチーノと呼ばれたときに私がやっていること
グアテマラでは見知らぬ人にもすれ違いざまに挨拶をすることは一般的であり、自然な日常の風景です。
なので私の場合、見知らぬグアテマラ人にすれ違いざまに「チーノ」と呼びかけられたら、それを挨拶と認識して、「オラ コモエスタ?(やあ、調子はどう?)」と挨拶を返すようにしています。
相手はもしかしたら嫌味な意味を込めて「チーノ」といったのかもしれないけど、こっちが笑顔で挨拶したら向こうも笑顔で返すしかない、それが私の知るグアテマラ人です。
笑顔の挨拶が成立したら気分よく立ち去るだけ、当たり前だけど腹なんか立てないし、「中国人じゃなくて日本人だよ」なんてわざわざ言い直させる意味もありません。
グアテマラと他のラテンアメリカ諸国とでは全然状況が違うんだ、という意見もあるかもしれません。
でも仮に不快な言い方をされても、間違っても過剰に反応してトラブルに巻き込まれることだけは避けるべきだし、「この国は民度が低いんだ」なんて一方的に決め付けずに冷静にいろいろ考えたらよいと思います。
例えば日本だって、気軽に血液型の話とかしますけど、「血」で人の性格を診断するって、海外の人から見たらめちゃくちゃ異常で差別的なことだったりします。
そういったある種の、特定のコミュニティーの中だけで通じる内輪ネタって、どこの国にもあるものだと思います。
それをもって、「〇〇人は××だ」などと一括りに評価したりせず、特に異文化に身を置いたときは寛容に物事を捉える必要があるのでしょう。
ちなみに、相手が子供の場合、これはそもそも「チーノ問題」ではなくただの「子供のいたずら」という問題ではありませんか?
このように異なる問題と混同しないことも大切だと思います。
最後に、「グアテマラの弟」という本のなかで著者である女優の片桐はいりさんがこのチーノ問題を一刀両断したシーンをご紹介します。
そもそもイラン人とイラク人の区別もつかない私に、彼らのことを責めるいわれもない
「グアテマラの弟」本書より引用
異文化の問題もこんな風にユーモラスに一蹴できたらいいですね!
片桐はいりさんの「グアテマラの弟」感想、ネタバレなしでこちらの記事にまとめています▼
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